メイキング

プロローグ

高校を卒業して、甘木をはなれて20数年。

はじめて、郷土と向き合ったように感じています。 

ここはこんなところだったんだ。 そして、こんな人たち

が昔から生きてきたんだ。と、少しだけ、わかったような

気がしました。 そして確かに、一歩一歩、あるくうちに、

ますますここが好きになり、自分の生まれた郷土を誇りに思

えるようになったのも、事実です。

はじまり

中学の時、友人4人で基山駅から甘木駅まで線路の上をてくてくと歩いたことがあ

ります。 2時間に1本の甘木線の時代です。 基山(きざん)に登り、さんざん

草スキーで遊んだ後でしたが、待ち時間にたえられませんでした。 

最初はさわいでいましたが、結局、電車が僕らを追いこして、夕焼けを見る頃には、

無言で歩いていました。 星がまたたく頃に、友人の家にたどり着き、着くなり、

その父さんにどなられました。 へとへとでしたが、達成感が残りました。 

思い出も。 

今思えば、あれがぼくの最初の、甘木鉄道ウォーキングでした。

「あなたの思うようにやってください。」

と、言われたわりには、全駅からのウォーキングマップを。 幅広い年齢層が読め

るように。君の視点で。 斬新なものを。と明確なコンセプトを提示されました。

その後は、言葉どうり、最期まで、ほんとうに自由につくらせていただきました。

甘鉄は、いくつもの市町村を走っているので、それぞれに意見を伺ったり、協議会

で会議をしたり、多々あったと思いますが、僕は、制作に専念させてもらいまし

た。そして、紹介されたのが松本さんでした。 松本さんは『沿線だより』を書い

ている人で、過去の『沿線だより』の束をいただきました。 そこにはもう、十分

すぎるほどの四季折々の、そして生きた情報があたたかな視点で語られていまし

た。 そして、どんな質問も迅速にしらべて、正確に教えていただきました。

 

「とはいえ、実は、」

気が重く、プレッシャーを感じていました。 だって、散策マップって、ふつ

う・・いや、ほとんど、名所や旧跡・おいしいお店・めずらしいお店なんかの情報

ですから・・・ところが、僕は甘木に育っているのですが、この沿線で、そんなと

ころは知りません。 あるにしても、全駅からだなんて・・・・・ 思いつきます

か?民家と田園の、平凡な風景の中を、各駅停車のレールバスで、何度も往復しな

がら・・・・そして、改札口のないホーム(甘木以外は無人駅)に降りたつたび、

「あー。なんでこんな仕事うけたんだろう。」とため息をついていたほどです。そ

れは、歩きはじめてからも同じでした。 「こんなところ、歩いておもしろいだろ

うか?」(こんなところというのは、ふつうの民家や田んぼ道のことです。)

また、びゅうびゅう風にあおられながら、「あー。何にもないじゃん。」と心の中

で言葉がぐるぐるまわり続けていました。ところが、ふと、まわりを見渡し、広々

とした平野の中に立っている自分を感じた時、突然、落雷にうたれたように言葉が

うかんだのです。「・・・けれど・・・田んぼがある。」道が開けました。 とに

かく、風景が一変しました。どこにでもありそうな民家と田園は、かけがえのない

民家と田園に、無名の楠は、行って触れてさえみたいなつかしい木になりました。

そして、たくさんの物が見えはじめました。

 

「22世紀老人誕生」

おりしも、僕の住んでいる東京の練馬では、ヒートアイランド現象で、都心のビル

街の熱が流れこみ、気温が上昇し、すごい夕立ちと雷鳴が続き、異常気象を肌で感

じていましたから、この先、地球はどうなっていくんだろう。 人間の未来はある

んだろうか。 なんて、思いをめぐらせてもいました。環境問題の報道を見ると、

ほんとうに暗い気持ちになります。 (22世紀老人のメッセージの中で100年

後のことを語っていますが、あれは50年後のことです。)すぐ先の未来のために

でも、やらなければならないことがたくさんあります。 大人だけではなく子供

も、意識をもって行動していくべきことがあります。 それは地球のため、という

より自分達のためです。 22世紀老人は、そういうことを語る老人として誕生し

ました。 「座り方が、コンビニの前にたむろす、今どきの若者を想像させて、不

愉快だ。」なんて怒らないでください。 100年後、100歳をこえた老人であ

れば、今の若者が老人になった姿のわけだし、髪型が変だと言っても、100年

ちょっと前は、ちょんまげだったわけですから。 様々なことを学び、経験し、真

剣に地球の未来を考えている、智慧のある老人ですが、ちょっとした反骨精神とは

ずかしがりの性格のため、それらをかくすため、わざとああいうかっこうをしてい

る。 (サングラスは100年後の強い紫外線から目をまもるためにしています

が、はずすとやさしい、人なつっこい目をしている。)という設定です。

 

「宝をさがす」

ために、次の段階は、ひたすら歩くこと。

地図を広げ、とにかく沿線全体をまんべんなく歩けるよう、区割りしマーカーを入

れました。 いよいよ、22世紀老人の視点での宝をさがしです。 ふと思いつ

き、地元在住の友人の福永君に相談しました。 すると彼は、分単位の細かなスケ

ジュールをくみ、軽4輪(どんなとこでもがんがん行ける)で大刀洗、小郡一帯を

くまなく案内してくれましたが、会う人たちと親しげにあいさつかわし、自分の

育った郷土を語り、子供の頃、遊びまわった神社などを見せる表情は、ワルがき

(自分で言った)だった彼が、いかに実り豊かな少年の時をすごしたかがよくわか

りました。 それから、彼の奥さんと娘さんたちといっしょに花立山にも登りまし

た。 それは、見つけた一つの宝でした。 歩いているといろいろなものが見えて

きました。「猿田彦大神」をはじめとして、至る所にある様々な石碑など。  秋

酔アートグループの森さんに、道ばたの石仏や、石碑のおもしろさをたっぷり教え

てもらい、それが、神話や、人々の暮し、習慣とむすびついている(いた)ことが

よくわかりました。 歩いていると「猿田彦大神」はそこここに見つかり、「あ、

また、見てくれてる。」と思います。 僕は、先祖の視線に見守られていることを

忘れていました。 また、「なにもない」のではなくて、「見える形でないだけ

だ。」ということにも気づきました。 小郡の官衙遺跡(かんがいせき)などは、

「芝生だけじゃないか。」と思ったところ、知ってみると、その歴史の重さなりに

想像力が広がり、旧石器時代から、連綿とつづく集落群を思い描けましたし、静か

な松崎が宿場町で、参勤交代の大名たちの一行でにぎわったことも驚きでした。

また、若干27歳で5千7百名の農民一揆をうまく治め、農民たちから神様と慕わ

れたが、最期は座敷牢で命を終えた稲次因幡正誠(いなつぐいなばまささね)の墓

のまわりに、空き缶などのゴミが捨てられていたり・・・思うこともありました。

菊池武光像などは立派な銅像ですが、むしろ、米軍の戦闘機から、打ち込まれた銃

弾の跡。(2つの戦争の記念碑としての菊池武光像)の方が、面白いと思ってしま

いました。 しかし、読んで思わず苦笑される箇所もあると思います。 丸山公園

などは、わざわざ他の地域から来て歩く歴史的な場所でもないので(桜の時期は別

ですが)本当に言葉をひねりだしたという感じです。 ただ、読み返すと、ここも

まんざらではないような気もしますが・・・ひとつひとつの場所に、それぞれの思

いはありますが、これくらいにしておきます。それらの見つけた宝の位置をつな

ぐ、より安全で、わかりやすい道を選んで歩き、コースにしました。距離は、父の

ミニバイクで測りました。

「シンプルにシンプルに

地図、資料、写真を広げ、歩いた行程を思い描きながら編集作業を進めます。

マップの意志を明確にするため、けずってけずっていきました。 写真、資料等、の

せたのはほんの一部です。 言葉をさがし、絵や地図を描き、時間をかけて推敲し、

構成すると、ばらばらの寄せ集めが、意志をもった一つの形となります。

こどもたちへ送ること

鉄道沿線と周辺の10市町村の小学生(4・5・6年生)と中学生全員に、マップと

メッセージの配布をされた甘木鉄道と、詳細な校正、ポスタ−等の協賛をされた四ケ

所印刷様には、共に、この地域や子供達の未来にむけられたあたたかな視線を感じて

おります。

[朝倉町・甘木市・小郡市・基山町・大刀洗町・小石原村・杷木町・宝珠山村・三輪町・夜須町]

タイムカプセル

そして、甘木鉄道でタイムカプセルをつくり、このマップであつまった手紙等を

22世紀へ・・・

22世紀老人のもとへ送り届けるという企画も考えられているようです。

 実現すると、ほんとに、楽しいですね。


感謝

最後まで、あたたかく見守っていただいた酒井さん。

適格な情報(写真も)をいただき、進行をサポートしていただいた松本さん。

こころのこもった校正と、ハイレベルの印刷技術で本の質を高めていただいた四ケ所印刷の皆様。

友人の福永君。秋酔アートグループの森さん。

忌憚のない意見と励ましをいただいた、可憐なすみれ会の皆様。

我らの表現の未来を語り合った飯田栄彦先生(只今、甘木鉄道物語を執筆中)

父母・弟夫妻・妻
他にもサポートしていただいた方々。

       仕事を全うできました。ありがとうございました。

苦情等

行ったけれど、そんなところなかった。

道が変わってる。

迷ってしまった。わかりにくい。距離が遠い。

などには責任を負えません。 

世界は刻々と変化し、 ウォーキングは冒険ですから。

では、

ベップヒロミ